心つなげて

悲しみは続いていますがネットを通じ社会と繋がっていたいと思います。

一月はおめでたい月。

正月だし成人の日もあるし。


だから明るい出来事を書きたい。


でも、私には辛い思い出が蘇る月。


23年前の1995年の17日の淡路・阪神大震災・・・


14日に引っ越しをして荷の片付けを終えたたばかりでした。
夫が早出で朝食中だったのが幸いして無事でしたが
普段ならまだ寝てる時間帯なので家具の下敷きになり大怪我か
最悪の場合は命を落としていた可能性も。


その後、数年間はヘリコプターの音を聞くと震災時低空飛行で旋回し続けた
報道各社のヘリコプターを思い出し情調不安定に陥り涙が自然と流れるトラウマに
なり今でも17日が近づくと気持ちが落ち着きません。


風化させてはいけないと今、地元新聞紙は連日 1・17 へ向けて
鎮魂の行事準備を報道しています。


趣旨は理解できますが私は当時を思いだし辛い。


助かった安堵感からか夫と笑って話してる写真を見つけました。
右側に写っているのが私と夫です。
非常事態なのに何を話して笑っていたのかしら?。
被害の甚大さとこれから先の不自由な生活を予想してないから
笑えてたのでしょうが。



Y新聞社が出版した被災写真集で偶然見つけたものです。
撮影時間は7時頃とありましたので二度目の避難した時でしょう。
最初は着の身着のままで逃げ余震の合間に毛布と布団を取りに
戻りましたから。


家は全壊でそれから長い避難所生活と仮住まいの生活が始まりました。





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