心つなげて

悲しみは今も続き引き籠っていますがネットを通じ社会と繋がっていたいと思います。

23年前の1月17日05時46分

1995年(平成7年)1月17日05:46分
9日の記事に書いた震災が起きた日です。
知人の娘さん二人を含め6434人が犠牲になられました。


ユッサユッサ横に揺れを感じると同時に身体をドーンと上下に
激しく叩きつけられるような衝撃。
一瞬何が起きたのか理解出来なかった。
着の身着のまま公園に逃げ余震の合間をぬって財布を持ち出し
公民館に避難。
引っ越したばかりでしたが引っ越し先が幸い前の家の近くだったので
地理に詳しかったので助かりました。


落ちついてお腹が空いたので買い物に行っても品物がないから買えない
お金を持ってても役に立たないのも体験。
当然、食べる物なし。
救援物資が届きだしたのは2日後くらいからでしたか?。
初めて配られた1人一個のおにぎりが嬉しかったです。


家は全壊で間仕切りも無い雑魚寝の辛い避難所生活の始まり。
幸い私達は仮住いが早く見つかり避難所生活は二週間程で済みましたが
仮住まいは一年半ほど続きました。
今の家に入居の際2日の記事に書いた嫁入り道具みたいな
タンスセットを買ったのです。


電気は直ぐつきましたがガスと水が…
【とにかく水に困りました】
一番困ったのはトイレ用の水です。


今は避難持ち出しリユックを用意し家で三日は過ごせるだけの非常食と
水を備蓄しています。
災害はいつ、どこで起きるか判りません。
明日は我が身かも?と教訓にされますよう。
画像は「ウデブエ」といい手首につけ自分の居場所を知らせる為の笛です。
使わないのが一番ですが万一を考えブレスレット感覚で身に着けます。
登山を趣味とされていられる方にもプレゼントしました。


今年の鎮魂竹灯籠文字は
  
  1995 
   伝 
  1・17


「震災を知る世代、知らない世代それぞれが23年前の出来事を伝えて
いかなかければならい」の「伝」だそうです。


因みに昨年は「光」でした。
















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