心つなげて

悲しみは続いていますがネットを通じ社会と繋がっていたいと思います。

告知された日

2012年1月31日16:00


この日・時だけは忘れられません。


一週間の検査入院してた夫の病状説明を夫と共に詰所で主治医から
説明を受けた日です。


夫の病名は「原発性肺癌Ⅳ期」。
骨に転移してるので手術不能で治療方法として抗がん剤投与・放射線治療を決め
一日でも時間を無駄にしないよう入院継続し即、治療に入る。


そう決めて夫と病室へ戻り今後の相談をしてる最中に私だけ詰所に来るよう言われ


夫には言わぬが心の中で「TVドラマでこんな場面が有るけど悪い話しかないのよね」と
嫌な予感を抱きながら詰所へ。


不安は的中し主治医に「ご主人の余命は10ヶ月ほどです」と知らされました。


「夫の命が10ヶ月ほど?そんな」と頭の中が真っ白に。


パニック状態の私に主治医は淡々と話を続けます。


「ご主人の性格が判らないので先に奥様にお伝えしました。
癌も告げたくなかったのですが抗がん剤の副作用と放射線の治療上
ご主人にも辛い思いをさせるので告知せざるをえませんでした。
身辺整理もおありでしょうから余命を告知しても大丈夫な性格なら
僕から告知しますが落ち込む方なら告知せぬほうがいいでしょう。
ご主人の性格を一番ご存知の奥様のご判断にお任せします。」


告知せぬようお願いしましたら主治医は


「元気な間に思い出作りの旅をするなりご主人の望む事をして差し上げて
お好きな物を食べさせてあげてください、それがご主人の活力になります。
抗がん剤投与・放射線治療は手助け程度でしかありません。」


話が終わってどうやって病室に戻ったのか記憶はありません。


放心状態だったと思いますがそんな中でも詰所へなぜ私だけが呼ばれたか
不審がらせないようにしなくてはと理由づけを考えていました。


案の定、詰所での話は何だったの?と尋ねる夫に


「抗がん剤の副作用が強く出るかもしれないから私が動揺しないようにとの
注意と体力保持で妻としての心構えの注意だったよ、食欲がなくなった時の
対処法とかね、辛くても二人で頑張ろうね」と考えた言葉で説明しました。


元気な時に癌になっても告知せず嘘でもいいから違う病名で誤魔化しててくれと
言ってた人に余命が何時までなんて言えるはずがありません。


完治は無理でも抗がん剤と放射線治療で病と共存できると信じてる
屈託ない夫の笑顔が辛かったです。


病院から家に着くまで涙が止まりませんでした。


人目のある電車の中でも涙が流れるのです。
そして自分に誓いました。


今、泣くだけ泣いて夫を不安がらせないよう夫には涙をみせないと。


6年前の今日・1月31日。


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