心つなげて

悲しみは続いていますがネットを通じ社会と繋がっていたいと思います。

いろんな避難者(悪口です)

不快な記事ですので気分を害されるかもわかりませんがお許しください。
悪口ですので不快に思われる方はスルーされる事を願います。


1995年の淡路阪神震災の時のことです。


50代くらいの会社員らしき人。
昼は出勤していたみたいで居ないのは仕方ないとしても
(配給物は私物の荷物上に置いてた)当然のように支援物資を受け取り
毎晩カップ酒を飲む人がいました(何処で入手するのか不明)。


避難者は女・老人が多く若い男手の協力も欲しいし皆が協力し合うなか
「昼の勤務中は仕方ないとして」も避難所に居る日も支援物資の
配給を手伝おうともせず動かず夜になるとカップ酒を飲みだす。


物資配給係りをしていた夫に他の係りの人から手伝ってほしいと苦情が出だし協議の結果
「頼んでまで手伝って貰って何かあったら大変、被災者とおぼしき人なので私情で配給を
ストップ出来ない、今までどおり配る」との意見で決まったようです。


私達夫婦が避難所を退所してからどうなったか知りませんが。


周りから白い目で見られながらカップ酒を飲める神経が判らないと夫は
不思議がっていました(誰とも話さず無言を貫き通した根性はお見事)。


お年寄りに普通は一人一枚配給の毛布をお年だから床は固く辛いだろうと二枚お渡しても
「私は年寄りで寒いからもう一枚とゴリ押し」される方も(避難所の暖房は効いてた)。
このような時に本性が表れます(この方は普段から強欲で有名)。


他に数か所の避難所を渡り歩き支援物資を受け取った人もいました。


ある区を基盤に東西南北二区を渡り歩いた強者も(売る為です)。


隣の人の顔も知らぬ街だから出来たのか?どさくさ紛れだから出来たのか?。
今、あちこちで災害が起き支援活動が行われています。


メディアが放送する心温まる美談ばかりではありません。


皆様の善意が本当に困っている人だけの手に渡る事を願い
どうでもいい古い話ですがある避難所の裏を記事にしました。

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